簾満月の「バスの助手席」

鉄旅、車旅、バス旅、歩き旅、旅なら何でも好きなシューちゃんのブログです。

2019-01-01から1年間の記事一覧

哀愁列車(JR乗り潰しの旅)

『♪♪惚~れ~て~ 惚れ~て~ 惚れていながら 行く俺に 旅を せかせるベルの音 つ~らいホームに 来は来たが 未練心に つま づいて 落とす涙の 哀愁~列車~~♪』 艶のある伸びやかな高音で歌い出し、独特な節回しで、転がすよう に情感たっぷりに歌い上げる…

捨てられないモノ(JR乗り潰しの旅)

いくら「断捨離」の時代とは言え、旅に関連するモノはなかなか捨て られない。高校生の頃、旅先で食べた駅弁の包装紙と容器、茶瓶(昔は 陶器製が多かった)は全て持ち帰り、集めていた時期があった。 駅弁容器は綺麗に水洗いし、乾いたら包装紙をかけ、ひも…

断捨離(JR乗り潰しの旅)

『古い時計だとか、椅子だとか、コーヒーカップとか、昔の服とか、 旅の土産とか・・あるモノを見て、普段忘れていた記憶がよみがえる というのは、よくあることである。』 作家の五木寛之さんは、身近のガラクタを手にすると一瞬のうちに 過去の思い出が蘇…

上信電鉄(上信電鉄・上信線)

上信電鉄沿線の吉井や富岡等は古くからの商都だと言うから、当時 から鉄道を必要とする産業があり、人数的にも利用者が見込まれてい たのであろうか。 又ここは貨車も保有していたようだから、当然貨物輸送も担っていた。 江戸時代の吉井は、火打金(火打石…

国宝の建物群(上信電鉄・上信線)

明治5(1872)年に開設された富岡製糸場は、日本の近代化に大い に貢献すると同時に、元々零細な存在であった絹産業を、工場で大量 に生産する技術革新に大きく寄与した。そんな歴史有る工場の建物群 は、5.5万平米という広大な敷地に多く残されている。 東…

工女達の生活(上信電鉄・上信線)

当初200名余しか集まらなかった工女は、操業の翌年には目標の500名 を越えた。こうして集められた工女達は、1日8時間労働の日曜休み。 年末年始とお盆には長期休暇も与えられたという。 その生活は女子の身だしなみとして髪をすかし、おしろいを塗り紅を さ…

工女の募集 (上信電鉄・上信線)

後年になり自動化された繰糸作業であるが、当初はフランスから輸入 された機械を使って手作業で行われていたと言う。 その作業の担い手が若い女性達である。 工場の操業当初は、ここで働く工女を全国で募集したらしいが、その人 集めは難航を極めたそうだ。 …

繰糸所(上信電鉄・上信線)

繭から糸を取る作業を繰糸(そうし)と言い、その作業が行われた 場所が繰糸工場である。置繭所を更に一回り大きくしたような建物で、 木骨の瓦葺き煉瓦造り、長さは140m、幅12.3m、高さ12.1mもあり、 明治5(1872)年に作られた建造物は国宝に指定されて…

置繭所(上信電鉄・上信線)

富岡製糸場の見所の一つは、保存良く残されている建物群である。 幕末期にフランス海軍の協力で作られ、横須賀製鉄所に導入された技 術で木で構造をくみ上げ外壁を煉瓦で覆う木骨煉瓦造で作られている。 正門を入ると左手に券売所がある。見学料は大人が1000…

官営富岡製糸場 (上信電鉄・上信線)

富岡製糸場は、明治5(1872)年に明治政府が日本の富国強兵・近代 化のために設立した日本で最初の大規模な工場である。当時小さな工場 は国内にも存在したが、これほどの規模を誇る工場は、世界でも初めて で日本の近代化の礎となった。 群馬県では古くから…

上州富岡駅 (上信電鉄・上信線)

高崎から40分、富岡製糸場見学の玄関駅上州富岡に到着した。 さぞ見学客が多いだろうと想像していたが、平日の日中でもある性か、 駅に降り立った乗客の殆どが地元らしき人達ばかりで些か拍子抜けだ。 ここは同電鉄の中では主要駅で、島式と単式の2面ホーム…

二つの世界遺産(上信電鉄・上信線)

JRを降り案内に従い、上信電鉄の高崎駅改札口に向かう。 思った通り階段や改札では混み合って、それでも10分まではかからない が、やはり乗り換えに余裕を見ていて良かったと思えるケースである。 ホームに向かう改札手前に、駅には似つかない石碑が立てら…

私鉄の乗り換え(上信電鉄・上信線)

上信電鉄の上信線は、JR高崎駅に併設された高崎駅から、下仁田 駅までの間、33.7㎞を21の駅で結ぶ私鉄の鉄道路線である。 高崎と途中の主要駅である上州富岡の間で運行される便も若干有るが、 殆どが始点駅と終点駅の間の運行で、全てが各駅に停まり、急行…

廃れゆく物(JR乗り潰しの旅)

近頃ではスマホの性能は格段に向上し、小さな図体に様々な機能が 盛り込まれ、その為、これが一台有れば事足りてしまい、結果廃れよ うとするものも出始めている。 その代表的な物が、デジカメや腕時計だが、未だにこれは手放せない。 普段は着けない腕時計…

コンパクトデジカメ(JR乗り潰しの旅)

「思い出の引き出しを開ける依代(よりしろ)」は、旅ならやはり 写真である。これなら何時眺めても、その時の光景が一瞬のうちにま ざまざと蘇ってくる。 だから旅には、必ずコンパクトデジカメを持参する。 予備カードと充電ケーブルさえ忘れなければ、際…

思い出の引き出し(JR乗り潰しの旅)

古い思い出を話しだすと、「又同じ話を。もう何回も聞いた。」と つれない言葉が返ってくる。自分では余り意識していないが、どうや ら同じ話を何度もくり返し、家人にしているらしい。 歳を重ねたせいか、近頃ふとした弾みで昔のことが鮮明に蘇ってくる こ…

坂本宿と碓氷関所(JR乗り潰しの旅・信越本線)

招魂碑を右に見ながら旧道に出て、少し下ると中山道碓氷関所跡 (東門)が有る。江戸時代街道の整備に合わせ、幕府は治安の維持 管理を目的に各地に関所を設けた。 取分け関東入国の抑えとして重要な関所と言われたのが、東海道の 箱根峠に設けられた箱根関…

招魂碑(JR乗り潰しの旅・信越本線)

途中何回か休憩をしドライブインに立ち寄り昼食をとり、彼方此方 写真を撮りながら、横川駅まで残り400mと言う地点まで下ってきた。 のんびりと歩いてきたのでこれまでに2時間余り要しているが、普通に 下るだけならば1時間半ほども有れば充分に行けそうだ…

シェルパ君(JR乗り潰しの旅・信越本線)

国指定重要文化財である旧丸山変電所は、普段は内部に入ることは出来 ないが、年に一二度秋頃には内部公開が行われる。 その折には、ボランティアスタッフが常駐して無料案内も行われると言う。 旧信越本線の線路がそのまま埋め込まれた、遊歩道「アプトの道…

旧丸山変電所(JR乗り潰しの旅・信越本線)

遊歩道を下ると、目の前に総煉瓦造りの立派な建物が見えてくる。 明治45(1912)年に碓氷線の電化に伴い新たに造られた旧丸山変電所の 遺構で二棟残されている。手前が機械室、その右が蓄電室の建物である。 当時このような変電所はもう一カ所同規模のものが…

天然温泉「峠の湯」(JR乗り潰しの旅・信越本線)

名物「ちから餅」で知られるドライブインを出て、前の国道を歩き、 再びアプトの道に戻り暫く行くと右に「峠の湯」の建物が見えてくる。 「峠の湯」は碓氷峠の麓に立地する、平成13(2001)年にオープンし た日帰りの天然温泉施設で、碓氷峠の森公園交流館に…

碓氷貞光のちから餅(JR乗り潰しの旅・信越本線)

1号トンネル(187m)を抜けるとその先に、「ソースカツ丼」の幟旗、 「ちから餅」の看板が立っている。案内板に引かれ、線路跡の法面に切り 込まれた石段を登り旧国道に出ると、道路脇にドライブインが建っている。 そこはドライブインというよりは、気軽…

旧中山道(JR乗り潰しの旅・信越本線)

第3号トンネル(78m)を抜け、右手に碓氷湖を見ながら更に下る。 峠の湧き水で入れたコーヒーが自慢のカフェ、森の雑貨屋の建物が左手 に見えてきた。休憩などの出来る施設は、熊ノ平から歩き始め初めて目 にするものである。 その前の長い下り坂の底に国…

自然の営み(JR乗り潰しの旅・信越本線)

一時の喧噪を見て、国の重要文化財・碓氷第3橋梁を後にする。 その先に続く5号トンネル(244m)、4号トンネル(100m)、3号トンネル (78m)を立て続けに抜ける。 上りなら多少の負荷を感じそうな道であるが、緩やかな下り道は、快適である。 碓氷線…

めがね橋(JR乗り潰しの旅・信越本線)

第6号トンネル(546m)を抜けると、道幅が広がり、急に人が多くなった。 道の脇にはベンチも置かれ、案内をするボランティアスタッフの姿も見える。 辺りを散策する人、ベンチで休む人、食事をする人、カメラを構え撮影に余念 がない人、これまでに無い賑…

退行事故(JR乗り潰しの旅・信越本線)

数々の殉難の歴史を秘めた旧信越本線の碓氷峠の66.7パーミルという急な 勾配では、列車の退行事故も度々あったようだ。 明治34年7月に、横川駅を発車した7両編成の列車が、サミット手前の最後の トンネルを抜けたその時、大きな音と共にカマノ焚き口から赤…

トンネルの意匠(JR乗り潰しの旅・信越本線)

そこからしばらく下ると最初のトンネル、第10トンネル(102.7m)の入口が 見えてくる。建築学的には煉瓦造りパラペット、笠石、帯石有り構造と言うら しいが、素人には何のことか解らない。トンネルの入口は、アーチ状に煉瓦で 坑門を構え、周りも煉瓦で固…

殉難の歴史(JR乗り潰しの旅・信越本線)

熊ノ平停車場跡からは横川駅前の入口に向けて、標高差300mを下る約6キロ の「アプトの道」は、10カ所のトンネルくぐり抜ける道である。 構内に「碓日嶺(うすいみね)鉄道碑(アプト式開通の碑)」が建っている。 元々軽井沢駅前にあったものだが、関東大震…

熊ノ平停車場跡(JR乗り潰しの旅・信越本線)

横川駅前から旧国道18号線を行く一日一往復のJRバスに乗る。 「めがねバス」の愛称で知られるバスは、つづら折りの急坂を上る。 その車窓には、時折旧線のレンガ造の構造物を目にすることも出来る。 バスはおよそ20分ほどで熊ノ平駐車場に到着する。 駐車…

アプトの道(JR乗り潰しの旅・信越本線)

日本の近代化に向けて、大きな貢献をした信越本線碓氷峠のアプト式鉄道 (旧碓氷線)は、昭和38(1963)年9月碓氷新線の開通により、その70年余 の歴史に幕を閉じた。更に平成9(1997)年には、北陸新幹線の開業により、 横川と軽井沢間の鉄道そのものも廃…