簾満月の「バスの助手席」

鉄旅、車旅、バス旅、歩き旅、旅なら何でも好きなシューちゃんのブログです。

2019-01-01から1ヶ月間の記事一覧

橋の多い県(JR乗り潰しの旅・宇野線)

全国に橋梁は、凡そ70万橋も有るらしい。 そんな中で岡山は、日本一橋の数が多いらしく、自治体が管理する橋の数は、 何と約3万橋も有ると言う。 市町村別にみても岡山市のそれは、約9,600橋で全国第一位、岡山県下第二位 の都市、倉敷市が約5,900橋で全国第…

干拓の歴史(JR乗り潰しの旅・宇野線)

現在岡山市内には当時の海岸線や島を彷彿させる地名がたくさん残っている。 それは南部の岡山平野が、その昔は「吉備の穴海」と呼ばれるように、瀬戸内 海が入り込む遠浅の美しい海であったからだ。 その瀬戸内海に向け、県下三大河川と言われる吉井川、旭川…

錦莞莚(きんかんえん) (JR乗り潰しの旅・宇野線)

茶屋町の駅を背に、通行量の多い駅前の通りを300mほど歩くと、右側に 「倉敷市立磯崎眠亀(いそざきみんき)記念館」がある。(入場無料) この施設は、この茶屋町で生まれ、精巧な花筵「錦莞莚」の製造を可能にし た磯崎眠亀の旧宅を保存修理したもので、…

岡山のい草 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

大正7年徳冨蘆花は宇野線を旅し、こう日記に書いている。 「妹尾などを過ぎる。田には藺(い)が有る。濃緑に染めた藺を曝したりし てある。下津井線と岐かれてから、海が見えてくる。泥の海に・・・」 今日、こんな光景を目にすることは、出来なくなってし…

下津井電鉄線 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

かつて宇野線の茶屋町駅は、瀬戸内海に面した港町・下津井とを結んでいた 下津井電鉄の乗換駅であった。当時下津井港は、丸亀など四国連絡の主要な海上 交通の拠点として賑わいを見せていた。 1910年に国鉄の鉄路が宇野まで敷設され宇野線が開通し、同時に対…

茶屋町の駅と鬼 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

宇野線の途中駅・茶屋町は、四国に向かう本四備讃線との接続駅である。 と言うよりも今ではその主役の座を瀬戸大橋線(愛称)に奪われているので、 ここは支線の宇野に向かう乗換駅と言った方が正しいのかも知れない。 かつてここは瀬戸内海に面した港町、下…

畳表の早島 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

早島駅の裏、道路脇の広々とした田圃の中に「畳表の早島」と書かれた 大きな看板が立っている。 ここ早島は、かつてはい草の産地、畳表の生産地として知られて処である。 駅を降りると右手正面に「早島町観光センター」が有る。 町内に有った古い蔵を解体し…

宗忠神社 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

宇野線の列車は岡山駅を出ると、山陽本線と別れ南に進路を変え、市街地を 見下ろしながら高架を行き、しばらくして大元に停車する。 ここらあたりはまだ中心市街地に近く、駅の周辺には広い道路が通り、工場・ オフィスや商業施設、高層マンションや住宅が入…

宇野線 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

宇野線は岡山と宇野の間32.8Kmを15駅で結ぶ路線で明治43年に開業し ている。 嘗ては首都圏、京阪神や山陰からも、準急の「わしう」(大阪-宇野)、 「砂丘」(宇野-鳥取)等、長距離の夜行、寝台などの列車が何本も 運行されこの線の終着駅を目指していた。…

長距離列車 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

列車に乗って旅をしている時、ふと思うことがある。 かつての国鉄はその全盛時、普通列車のみならず、優等列車として準急、急行、 特急など多彩な運行を行っていて、そんな列車の中には、長い時間を掛けて長 距離を行くものが幾つもあった。 複数の路線を経…

長い停車時間(JR乗り潰しの旅・宇野線)

列車に乗っていて、たまにどこかの駅での長時間停車に出会すことがある。 度々停まれば、「またか、早く行けばいいのに・」となるが、これが長時間 移動の最中なら、時にそれはありがたく思えることもある。 いくら鈍行列車の旅が好きとは言え、堅いシートに…

「なまはげ」(JR乗り潰しの旅・宇野線)

「急行・きたぐに51号」に米原から乗り込んだ。 目指すさきは秋田県の男鹿半島、この地方に古くから伝わる年末の恒例行事 「なまはげ」を見学する為の北行きである。 当時この列車は大阪を19時15分に発車、東海道本線の米原から北陸本線に入り、 直江津から…

発駅着席券 (JR乗り潰しの旅・宇野線)

二十代の頃は、会社の正月休みを利用してよく旅に出た。 それも一泊や二泊の旅ではなく、一週間十日をかけて各地を巡る旅である。 そんなとき役の立ったのが、当時の国鉄の長距離列車や夜行列車であった。 昭和44年正月五日、九州で九泊目の朝を長崎ユースホ…