簾満月の「バスの助手席」

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手作りの道標 (西国街道歩き旅・摂津国)

 案内板の表示に従い、浄水場から上大市五丁目と段上町八丁目の境の住宅の密集した狭い道を南に400mほど行くと、そこで新幹線の高架橋を越える。

 

 

 嘗てここに百間樋石橋があったというが、石橋も百間樋(ひゃっけんび)灌漑用水も、何れも今は何も無い。

 

 因みに百間樋灌漑用水は、永禄3(1560)年に造られ、西宮の田畑を潤してきた人口の農業用水路のことである。

武庫川対岸の村(現尼崎市)との水争いが元で造られた。

 

 

 旧街道筋には、百間樋石橋の他にも石橋が有ったらしいが、昭和46(1971)年の道路工事で川は埋め立てられ、暗渠となり、往古の石橋はすべて無くなってしまった。

 

 新幹線側道の一本南の通りが旧道で、道なりに進むと阪神水道企業団甲東事業所の敷地に行き当たる。

 

 

 近年の市街地開発で、旧道は途切れ消滅し大きな変化を見せている。出発前に、道がわかるだろうかと、心配していたのがこの辺りだ。

 

 ところが現地に来てみると角々に「旧西国街道」の方向を示した道案内や、地元の甲東文化財保存会の手作り案内板が掲げられている。

 

 

 先ほどの鯨池浄水場の物は、「西国街道(1)」になっていたので、この先も順次案内板が現れるのであろう。

それを辿れば道に迷う心配はなさそうで有りがたい。

 

 

 水道企業団の敷地で旧道が消滅しているので、そこを左に曲がり、塀に沿って南下する。左側には、甲東ポンプ場がある。そんな施設を眺めながら、この辺りでは新道を、細かに右折左折と繰り返す。

 

 

 出発前の心配は、全くの懸念に終わった。要所には案内板が充実しているから大丈夫だ。迷う心配も無い。

途中、県道中津浜線の辺りにも、「西国街道(2)」が掲げて有った。(続)

 

 

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